戦争を避け社会主義を防衛しようとする必死の抵抗だった。 彼は確かに情報を収集する活動を意識的に行なったが、 それも彼の言葉によれば政治的な便宜のための手段の1つにすぎなかった。 彼がゾルゲに提供したといわれる情報も新聞社の特派員や在外公館が 手に入れる秘密情報と大差ないものであり、むしろ彼は情報収集者である前に 1個の独立した情報源であり、彼の政治判断や見通しによってゾルゲの活動に 協力したのであり、彼がゾルゲと深い関係を結んだのも、彼独自の 東亜協同体論も、日本民族の将来を思いなやんで求めた結果であった。 将来、ソ連や新中国と提携する場合に予想される日本国内の変革について、 彼は労働者階級を主体とする階級闘争によってではなく、 もっぱら既成政治勢力内部の工作によって上から成し遂げることができるし、 またそうあって欲しいと考えていたようにみえる。 なお、この事件に関連して1942年6月に上海で「中国共産党諜報団事件」 として中西功、西里竜夫ら10名/中国人3名含むが検挙された。 ♦尾崎秀実獄中手記より♦ 【コミンテルン並に日本共産党に対する認識について】 コミンテルン即ち国際共産党はロシア革命の成功に伴い誕生したもので、 ロシアにおける1917年の2月及び10月の両革命を期とし、 ロシア共産党が政権を獲得するに及んで革命の指導者たるレーニンは 第2インターナショナルとは全く別個に世界各国の共産主義者の参加を得て、 1919年3月、モスクワにおいて第3インターナショナルを結成したのであって、 これが現在のコミンテルンであり、その本部をモスクワに置いて、 各国の共産党を支部として傘下に収めている。 コミンテルンは世界革命を遂行して世界共産主義社会の実現を目的とする 共産主義者の国際的組織であった。即ち、コミンテルンは世界各国の 無産階級運動の指導部、参謀本部として多数の労働者農民を糾合し、 革命手段により資本主義社会機構を打倒し、世界各国にプロレタリアートの 独裁政権を樹立し、全世界のプロレタア独裁国家の結合を創設し、 階級を徹底的に打破して共産主義社会の第1段階である社会主義社会を 実現せんことを目的とした国際的結社だった。 コミンテルンはこの目的実現の為に革命の戦術戦略を規定し、 常にその支部たる各国共産党を指揮統制しているのであって、 現にその日本支部たる日本共産党に対しても、昭和2年の「27年テーゼ」、 昭和7年の「32年テーゼ」など、その他をもって日本に到来すべき革命の 性質を規定し、日本に来るべき革命はブルジョア民主主義革命で、 その革命は急速にプロレタリア革命に転化するものとし、あるいは革命の 性質は急速にプロレタリア革命に成長するブルジョア民主主義革命なりとして、 天皇制の打倒をスローガンとすることを規定している。 従ってコミンテルンは世界革命の一環として、我国におても共産主義革命を 遂行して我国体を変革し、私有財産制度を廃止し、プロレタリア独裁を樹立し、 この過程を通じて共産主義社会を実現せんとするものであった。 コミンテルンの日本支部たる日本共産党は大正11年、佐野学、堺利彦、 荒畑勝三などにより結成されたが、大正12年夏の第1次日本共産党事件として 検挙され、次いで大正15年12月、福本和夫、渡邊政之輔、三田村四郎などにより、 第2次日本共産党の組織が確立されたが、これも昭和3年の3.15事件として 検挙され、その後度々再建と検挙が繰り返されて組織を破壊され、 ここ数年来は国内における党の活動は全く無力無活動の状況にあった。 【ゾルゲ諜報団の本質及び目的任務について】 我々の諜報活動はゾルゲを中心とした一団の活動であったが、 私の上海以来の経験判断からすれば、この一団はコミンテルンの特殊部門たる 諜報部門とも称すべきものの、日本における組織である事は明瞭であった。 その理由は上海におけるスメドレー女史の交渉からこのグループに 参加するに至った事、鬼頭銀一事件の調書を入手して読んで見ると、 同人がコミンテンルンの命により活動した旨が明になっている事、 我々のグループの各人の国籍が雑多である事、米国共産党員の宮城与徳が 参加していた事等からその様に判断した。 その後、日本におけるゾルゲとの永い交際の結果、狭義のソ連防衛の意味の 諜報が要求されているのを知ったので、私達の蒐集した情報はソ連政府にも 直接利用せられているのではないかとも感じていた。 ただし、この事はソ連防衛が国際共産党としては最大の任務である点から言って、 私の信念とは矛盾する所はなかった。要するに我々のグループはコミンテルンに 属するものと今日まで考えて来ているのだが、コミンテルンは現在の力関係から 言えば殆どソ連共産党の指導下に立ち、しかもソ連政府の中核を為しているのは ソ連共産党であり、結局、3者は一体を為している関係に立つと理解していたので 我々の活動はコミンテルン、ソ連共産党及びソ連政府の3者に それぞれ役立てられるものと考えていた。 我々の機関と日本共産党との関係は直接的なものは何もなかった。 私の理解では我々の所属する如き諜報機関と各国の共産党との関係は 一応分離せられ、その間には指導の上下の関係はなく、 ただ横の連繋が保たれている程度に過ぎず、組織的には各国に散在するこの種の 諜報機関はモスクワの中央に直属しているものと考えられた。 ただし日本の場合におては党組織が破壊せられており、横の連繋さえ行なわれず、 全くモスクワ本部との関係のみが存在していたのであろうと思った。 諜報機関なるものは各国の共産党自体に直属するものもある筈なのだが、 我々の如き場合におてはこれと趣を異にし、直接モスクワ本部に繋がる機関と 考えられ、しかも諜報活動を容易にすると共に諜報組織を破壊から 防衛する為にはその国の共産党とは組織的に厳格に分離せられているものと 理解していた。この点はゾルゲかスメドレーの何れからかに 支那の共産党活動に従事するなと忠告された事に依っても明だった。 ゾルゲの身分についてはコミンテルンに属していたほか、ソ連共産党や ソ連政府の何れか、または重複してそれらの特別部門に属するものと 理解していたが、同人の国籍についてはドイツ籍かソ連籍か あるいは2重籍ならば、ソ連共産党に属しかつソ連政府の内務人民委員部の 保安部に属しているのではないかとも想像していた。 宮城は米国共産党員だったが同人より聞くところによると、 この度の活動をするに付き党員たる身分を抜いて日本に来たようだから、 如何なる身分になっているか判り兼ねるのだが、モスクワの中央には 登録されているに違いないと考えられる。 私も永い間ゾルゲと関係し、しかも相当有効な活動を為して寄与する所が多く、 ゾルゲより厚い信頼を受けて来た事情にあった上に昭和10年冬、 西銀座の西洋料理店「エー・ワン」でゾルゲと会った際、ゾルゲより 「君の事は本国でも知っているよ」と言われた事があり、 その後も私の名がモスクワの本部に通っていると理解される様な言廻しで 話された事があるので、私も本部の特殊部門の正式メンバーとして 登録されているに違いないと信じていた。党籍の問題については 考えた事がないので、如何様になっているのか判らないが、 事実は党員またはそれに準ずるもの、あるいはそれ以上かも知れない。 我々のグループの目的任務は特にゾルゲから聞いた訳ではないが、 私の理解する所では広義にコミンテルンの目指す世界共産主義革命遂行の為、 日本における革命情勢の進展とこれに対する反革命の勢力関係の現実を 正確に把握し得る種類の情報、ならびにこれに関する正確なる意見を モスクワに諜報する事にあり、狭義には世界共産主義革命遂行上 最も重要にして、その支柱たるソ連を日本帝国主義より防衛する為、 日本の国内情勢、殊に政治経済外交軍事等の諸情勢を正確かつ迅速に報道し、 かつ意見を申し送って、ソ連防衛の資料にすることだった。 従って、この目的の為にはいわゆる国家の秘密をも探知しなければ ならなかったので、政治外交等に関する国家の重大な秘密を探り出す事は 最も重要な任務として課せられていた。 【政府及政治指導部との関係について】 1:昭和研究会関係について 昭和研究会は昭和11年頃、後藤隆之助が個人的に創設したものだったが、 同会には創立当時より蝋山政道が関係し、同氏と友人関係にあった 朝日新聞論説委員佐々弘雄も関係を持っていた。当時、支那問題の重要性は 増々加わっており、昭和研究会内にも支那問題の研究部会を創設し、 これに支那問題の権威者を参加させることとなり、佐々と友人関係にあった私は 同氏の紹介により昭和12年4月頃、同会に参加した。 私が参加した当時の支那問題研究部会の責任者は風見章氏で、同氏とは既に一度 会ったこともあり、この部会に参加することになって極めて親しくなった。 間もなく同年6月、近衛内閣の成立と同時に風見氏は内閣書記官長に就任し、 同研究部会の責任者の地位を去ったのでその後は私が代わって責任者となり、 約1年間はそのまま継続して月1回会合を開いていたが、その後、同部会は 東亜政治部会と改称され次いで民族部会となり、昭和15年9月に解散した。 by tomhana0906 | 2010-07-28 06:47
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━━━━━━━━━━━━━━━ [PROFILE] ━━━━━━━━━━━━━━━ 脳梗塞を発症してはや10年目を迎えた。肉体的には負い目のようなものも確かにあるが、気分的はそうでもない。耳の奥から『御破算に願いましては』という甘い囁きは聞こえてこない。この病気になって、誰かに追われるかのように無我夢中にやってきたこれまでの人生を今一度、見直すいい機会を与えてくれた事だけは確かだ。どんな人でも人生の終わりを迎えなければならない。私もその時が来るまで悔いのない人生を送りいたいと願うばかりだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━ [人生の御負け] ━━━━━━━━━━━━━━━ ◎総ブログ:全5408話 《2012.12.31現在》 NEWS! 最近、全面的に見直して、完全ではないものの一応目次として耐えうるものにしたつもりです。ぜひ一度ご覧ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━ [CONTENTS:人生の足跡] ━━━━━━━━━━━━━━━ ◎[リハビリ日記]人に言えない脳梗塞の後遺症と戦う日々の話など‥ ◎[名古屋巡礼記]ひとりで巡り歩いて来た篤き信仰の記録を集大成‥ ◎[名古屋見聞録]名古屋人も名古屋人でない方も必見の話題が満載‥ ◎[達人への道]『人生は達観だ』と言い続けて久しい私の放浪記‥ ◎[GOB備忘録]時代の先駆者だったグッド・オールド・ボーイズ‥ ◎[私だけのCD]珠玉の名盤『BIN'S CD』1枚1枚にまつわる秘話‥ ◎[埋もれた名盤]忘れ去られた名曲を私の篤い思いで蘇らせたらな‥ ◎[私の読書感想]人生の峠を越えてきた男の見方と読方を紐解くと‥ ◎[心の曼陀羅]歴史の中での名もなき人々が織り成す心の曼陀羅‥ ◎[MANHOLE]ある日、立ち止まった私の足元で奴等が微笑んでいた‥ ◎[弔いのカタチ]棺桶に片足を突っ込んだことのある私だからこそ‥ ◎[猫のアルバム]神の思し召しがあったからこそ出合えた円らな瞳‥ ◎[遠い日の記憶]貴方は子供の頃のことを今でも覚えていますか?‥ ◎[歴史のオマケ]長年鍛えた心眼で見極めた秘宝の数々をご開帳だ‥ ◎[フォトレター]日々の写真に思いを託して朝も早よから散歩です‥ ━━━━━━━━━━━━━━━ [CONTENTS:人生は勉強] ━━━━━━━━━━━━━━━ ◎[日々の雑記帳]思い付くまま気の向くまま巷の影から探してきた‥ ◎[知らない物語]世の中から忘れ去られてしまった日陰に咲いた花‥ ◎[時代は江戸時代]テレビの時代劇では判っていても、真実は何も知らない‥ ◎[補習:江戸時代]江戸時代を再発見するための勉強だと思ってくれ‥ 江戸の┃歴史┃秘話┃言葉┃ ◎[甦る激動の幕末]私が生まれた年の100年前はペリーが浦賀に現われた‥ 幕末の┃実像┃攘夷┃写真┃ ━━━━━━━━━━━━━━━ [CONTENTS:人生はオマケ] ━━━━━━━━━━━━━━━ ◎[ポートレート怪物編]忘却の彼方からこつ然と甦ってきた怪物の正体は? ○歴史上の人物は ココ ◎[クイズ日本人]狭い日本に生まれながら出身地によってこの違いは何? ━━━━━━━━━━━━━━━ [更新記録] ━━━━━━━━━━━━━━━ ○2012.01:113話new ○2011.12:97話 ○2011.11:74話 ○2011.10:77話 ○2011.09:97話 ○2011.08:110話 ○2011.07:102話 ○2011.06:93話 ○2011.05:92話 ○2011.04:90話 ○2011.03:98話 ○2011.02:96話 ○2011.01:96話 ◎2010.07-12:565話 ◎2010.01-06:561話 ◎2009.07-12:488話 ◎2009.01-06:363話 ◎2008.07-12:473話 ◎2008.01-06:413話 ◎1007.07-12:287話 ◎1007.01-06:305話 ◎2006.01-12:460話 ◎2005.01-12:167話 ◎2004.01-12:77話 ◎2003:17話 以前の記事
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